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福岡高等裁判所 昭和23年(ラ)19号 決定

抗告人 被申立人 木元直方

訴訟代理人 後藤久馬一

相手方 申立人 安部実

主文

本件抗告はこれを却下する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告理由の要旨は、

相手方は昭和二十三年十月二十八日本件当事者間の大分区裁判所昭和十八年(ハ)第二三六号同十九年(ユ)第二〇号建物明渡調停事件の執行力ある債務名義に対し、大分地方裁判所に請求異議の訴を提起し、且つその執行の停止を命ぜられたい旨の申立を為し、同裁判所において同月二十九日強制執行停止決定を為した。ところで相手方の右請求異議の訴における主張事実は、相手方においてさきに昭和九、十年中本件家屋を新築してその所有権を取得しているから、本件債務名義による執行は不当である。というのであるが、それは調停成立以前の出来事についての言分であつて、そのことは既に調停の効力上、最早や爭う事の出来ない所有権の帰属に関する事柄である。

尚その主張として、該調停は法律行為の要素に錯誤があるから無効であるとの趣旨を附加しているけれども、これは前述のように既に爭うことのできない調停成立以前における所有権を爭い、その結果を法律行為の要素の錯誤に結びつけたものに過ぎない。これを要するに、相手方の右異議の主張は、いずれも民事訴訟法第五百四十七条第二項にいわゆる「異議のため主張したる事情が法律上理由ありと見えたるとき」に該当しない。まことに請求に関する異議に名をかりその執行を引延ばし、その間の日をかせがんとする一手段に過ぎないのであるから、原決定を取消し、停止命令申立却下の裁判を求める。

というのである。

先ず本件抗告の適否について檢討する。

民事訴訟法第五百四十七条第二項の異議の訴における強制執行停止決定に対しては、同法第五百五十八条の即時抗告を為すことができるとする所説がないではないが、右第五百五十八条の規定によれば「強制執行の手続において、口頭弁論を経ずして為すことを得る裁判」とあるだけで、その裁判の性質について明示するところがないけれども、独立した不服申立の対象となる裁判は、それ自体において独立する裁判であることを要するものと解さなければなるまい。ところが、前記法条の強制執行停止決定は、將来為さるる異議の訴についての判決の効果を無に帰せしめない目的、即ち異議の訴についての異議者勝訴の判決がある迄の間に、その訴の目的である強制執行がそのまま続行され、遂にはその終了をみるに至ることを避け以つて異議者保護の実績を挙げしめる趣旨に出たものであり、異議の訴についての本案判決が近い將来に為さるる予期の下に、右本案判決の言渡の時迄を効力の存続期間として受訴裁判所の発する、いわば一時的応急的性質を有する裁判であると共に、異議の訴に依存して附帯的性質を有する裁判であつて、それ自体独立する裁判であるとはいえない。

従つて、右停止決定は民事訴訟法第五百五十八条の即時抗告に服すべき執行上の独立する裁判に該当しないものと解するのが相当であろう。さすれば、本件の停止決定に対しては右法條による即時抗告は許されないことになるし、且つこれに対し不服の申立を許している規定は他に見当らない。

もつとも、再審を求める申立のあるとき、及び仮執行の宣言を付した判決に対して上訴を提起したとき、又は仮執行の宣言を付した支払命令に対して異議を申立てた場合の強制執行停止決定(民事訴訟法第五百条第五百十二条に対しては、不服を申立てることができない(右第五百条第三項)旨の規定があるにかかわらず、本件の停止決定については、不服の申立を禁ずる規定こそないけれども、それだからといつて、本件の停止決定に対しては不服の申立を許しているものと速断すべきではなく、むしろ、両者の停止決定の間に性質上の差異が認められない点からして、右第五百条第三項の規定を類推して、本件の停止決定の場合にも、不服の申立ができないものと解するのが相当であろう。

されば本件抗告は不適法といわなければならないから、これを却下し抗告費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十五条に則り、主文のように決定する。

(裁判長裁判官 小野謙次郎 裁判官 桑原国朝 裁判官 森田直記)

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